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広島教会
伝道メディア 藤川 裕子

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『佼成』会長法話拝読(平成29年2月号)
会長法話「気にしない人」を拝読して   ( 2月1日 )

齋藤教会長ご講話の要旨 
 早いもので、1カ月たって、2月を迎えさせて頂きました。節分を過ぎると九星の上でも新しいスタートとなります。何かワクワクするような、そんな瞬間かなと思います。十日間の寒修行も無事終わりました。それぞれ、テーマ、目標をもって取り組まれたことと思います。
 繰り返しになりますが、今年の年頭ご法話、「有り難し」を会長先生より頂きました。一人ひとりが、今頂いているいのちの尊さに気づいて、そのことが有り難いと思える。その様な修行精進をしていくことが大事であり、日常生活の中で、たくさん感謝やおかげさま、ありがとうを表現していこうということであります。そのためには、「地道に、淡々と」歩んでいくことが大事で、自然と一体である我々一人ひとりが、まさに自然の如く淡々と、なすべきことをなしていき、積み重ねていくことが大事だということを1月のご法話でも学ばせて頂きました。
 2月は「気にしない人」というご法話を頂きました。

【 すべては仏のおはからい】

 我々はとかくいろんなことを気にします。日常の中で、気にしないことの方が少ないのかもしれません。そして、気にする必要のないことや、気にしても仕方のないことにまでとらわれて、悩んだり、苦しんだりします。人からの評価やうわさ話にもついついふり回されていらいらしたり、起きてもいないことを心配してしまいます。

 ところが世の中にはそういうこととはまるで無縁であるかのような人がいます。それは、たとえば、ものごとに頓着しない大らかなイメージの一休さんや良寛さんです。逸話で知る限り、人から悪口をいわれても気にしない、くよくよしない、悩まないといった羨ましい生き方に思えます。
 この二人と私たちの違いはどこにあるかを考えてみましょう。名誉や利得といった世俗の価値観にとらわれていないことです。私たちはつい権威や世俗の価値に照らして人と自分の評価を比べさらにはものごとを損得勘定で判断しがちです。
 仏教では、出会う人も、身の回りで起きるできごとも、すべてが、私たちに大切なことを教える仏のはからいだと教えています。ものごとをそのように受けとめると、優劣や序列や損得はありません。そういうことにとらわれる必要もないのです。


 仏教がしっかりわかると、仏さまのはからいであると受けとめられ、悩んだりする必要がないのですね。だから、一休さんや良寛さんは、教えをちゃんとわかっているから、すべてが有難い存在だと映っていたのでしょう。そこが私たちとの違いかもしれません。

 昨日、たまたま本を読んでいたら、インドで貧しい人のために生涯を捧げられたマザー・テレサの言葉を目にしました。「ありのままの自分を受け入れることができれば、どんな悪口もあなたを傷つけることはできないし、どんな称賛もあなたを思い上がらせることができないでしょう。」何かとても開祖さまの、また仏教の教えにあてはまり、真理は一つだと思わせて頂きました。すべては仏のはからいと受けとめることが大事だと確認させて頂きました。

【 気にする必要のないこと 】

 私たちはうわさ話も、将来に対する不安も、今ここで気にしてもある意味ではどうにもならないことを気にしてしまい、悩み、その結果、不安になり、不満をかかえこんで、苦しみます。会長先生はアニメの一休さんの例をあげてくださっています。

主人公の一休さんは、周囲で問題が起こると「気にしない、気にしない」「慌てない、慌てない、一休み、一休み」などと言って心の転換をはかっていました。不安や不満が募ったら、アニメの一休さんのような自分なりの「真言」を唱えてみてはどうでしょうか。そうして心の中に立ちこめる不安や不安の霧を払うのです。

自分なりの真言は何かなと考えた時、会長先生から教えて頂いている「今、ここ、われ」を思い起こしました。今、私が置かれている場所で、私自身がどうあるべきか、これが私の真言ではないかと思いました。自分なりの真言を日々の生活の中で意識して使っていくと日々の生活が変化していくのかなと思います。

一休さんや良寛さんのような「気にしない人」に本質的に変われたら、いつでも安心して生きることができます。幸いなことに、本誌を手にされているみなさんは、二人が求めたのと同じ仏の教えに縁ある方々です。諸行無常、、諸法無我、一切皆苦といった仏教の根本とともに、すべてを仏のおはからいと見ることや自らを深く省りみることを繰り返し学ぶことで、「気にしない人」に自ずから変わっていくのだと思います。

仏さまの教えにご縁があるということは、私たちも一休さんや良寛さんと同じように、ラッキーなのです。(人としてのいのちをいただき、教えに出遇えている)今頂いている縁を通して繰り返し学びながら、わが身をふり返ることによって、本質的に変われるのです。今、目の前にいる人との縁を大事にし、もっと、もっと「いま」を大切に生きましょう。今を大事することが「気にしない人」「とらわれない人」になるためのキーポイントであり、そのための具体的な方法として「人を思いやる」実践をすることがキーワードです。毎日、ありがとう、おかげさま、有り難しをたくさん表現しましょうとご指導いただいたわけですが、人さまを思いやる実践をしていくことが大切ですよと具体的に教えて頂きました。

 すべて仏のはからいと受けとめ、気にしない人になる。そのために、人さまのための菩薩行の実践を決定していく涅槃会の月だからこそ、そんな一人ひとりになっていくことが大切であると思わせて頂きます。2月のスタートにあたって皆さまとともにそのように決定させて頂きたいと思います。
 どうぞ、今月も1か月間、みなさんとともに、明るく楽しく精進させて頂きたいと思います。
 
齋藤教会長のご講話を聴かせて頂いて
 私自身、仏さまの教えにご縁を頂いていることに、心から有り難いなと思わせて頂きました。そして、今、目の前にいる人との縁を大事にし、いまを大切に生き、日々、人を思いやることの実践に精進させて頂きます。   ( 文責  Y.F ) 


朔日参り(会長法話) | 12:00:00 | コメント(0)
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