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広島教会
伝道メディア 藤川 裕子

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『佼成』会長法話拝読 平成28年12月号

 会長法話「仰いで天に愧じず」を拝読して  ( 12月10日 )

齋藤教会長ご講話の要旨

【 やましいことはないか 】

 日本人の大事な文化の中に恥を知るということがある。自分の良心に恥じない生き方を身につけることが、人間教育の基本でもある。
 しかし、恥ずかしいこともしてしまう私たち。ただ、自分中心で欲の深い私もいれば、思いやり深く人に尽くすことを喜びとする仏・菩薩の私もいる。どちらかしかないという人はいない。過ちのくり返しが私たちの人生。だからこそ、いつも「自分にやましいことはないか」と省みる。自分自身がまちがっていなかったか、言葉で傷つけていなかったかと自分の言動を振り返ることが大切。

【 恥じるところに向上がある 】

 恥じる心が起こるとは、宗教的にいえば、信仰が深まれば深まるほど厳粛に自己をみつめ、懺悔せずにはいられないということ。ご著書に「すべてはわが師」とあるように、小さな子どもからでも学べる。「実るほど頭を垂れる稲穂かな」は謙虚な姿勢が大切であることを教えている。恥じる心は人間的成長の原動力となっている。
「仰いで天に愧じず」とは、偉大なるものに少しでも近づこうとする人間性豊かな生き方。それは特別な生き方ではない。正直に、ありのままに、その心になれば、晴れやかな心で生きられる。
 道に迷いそうになることがあったら、「まず人さま」の心にしてみる。自分自身をちょっとギアチェンジする。懺悔とは実行なり。常に「まず人さま」を大事に思いやりの実践を行う。過ちをおかす私もあるがそれは自然なこと。それを知りながら「まず人さま」の心にギアチェンジする。そのことを繰り返す。
思いやりの心を持ちながら新しい年を迎え、誓願につなげていく。そのような心で、一年の締めくくりでありスタートでもある12月を過ごさせて頂きたい。


 齋藤教会長の講話を聴かせて頂いて

 神仏にも、人にも、自分にも、いつも誠実を旨として生きることが大切だと教えて頂きました。「まず人さま」の心を大切に、道に迷った時は自分自身の心をギアチェンジし、思いやりの心を忘れずに精進させて頂きます。

                                                     文責  Ma


朔日参り(会長法話) | 17:25:17 | コメント(0)
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