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広島教会
伝道メディア 藤川 裕子

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『佼成』会長法話 平成28年6月号
会長法話『和合の秘訣』を拝読して
齋藤教会長ご講話の要旨

 6月は私の誕生月ということもあり、いつも以上にどのようなご法話が頂けるか楽しみにしていました。たまたま5月末の支教区長会議での6月号のご法話拝読のお役を私が頂いていたことも、有り難く不思議なご縁でした。
 今月のご法話は、『仏教聖典』(仏教伝道協会)をたくさん引用して下さっています。
「和合」ということでご法話を頂きましたが、6月は1年の折り返しの時期です。そこで、年頭に頂いたご法話『大事なことを伝える』を今一度しっかりと振り返らせて頂き、下半期に向かっていくことが大事ではないかと受けとめさせて頂きました。

(会長先生の「年頭ご法話」の要点を読み、確認。)

日本人は和合して生きてきた民族だからこそ、その精神をしっかりと示していくことが大事であり、「平和国家がいつまでも続くように務める、それが立正佼成会会員の役割、使命であり」、「平和に向けた地道な活動を続けていくことが大事」ということです。まさに大和(だいわ)の精神です。昨年のお書初めの「不軽」は、互いに敬いあう、自らを敬い、他をも敬うことの大事を教えて頂き、礼を忘れないという精神を大事にしていくことを、改めてかみしめて頂いていたのだと受けとめさせて頂きました。


【 互いに敬い、礼をもって 】

「教団を栄えさせる七つの原則」
一. しばしば相集まって教えを語りあい
二. 互いに相和して敬い
三. 教えをあがめ尊んで、みだりにこれをあらためず
四. 長幼相交わるとき礼をもってし
五. 心を守って正直と敬いを旨とし
六. 閑かなところにあって行ないを清め、人を先にし、自分を後にして道に従い
七. 人びとを愛し、来るものを厚くもてなして、病めるものは大事に看護する
この七つを守れば教団は衰えない (『仏教聖典』仏教伝道協会)


「教団を」という所を支部や教会と置き換えてみるのもいいですね。
同信の仲間をサンガといい、日本語では和合衆と訳し、和合とは、すなわち和らぎ睦みあう仲間のことです。私たちは有り難い仲間に入れて頂いているのです。この七つのことは、いつも教えて頂いていることと一緒ですね。

「教団和合の六つの原則」
一. 慈悲の言葉を語り
二. 慈悲の行ないをなし
三. 慈悲の意(こころ)を守り
四. 得たものは互いに分かちあい
五. 清らかな戒めを保ち
六. 互いに正しい見方をもつ  (『仏教聖典』仏教伝道協会)



【 慈悲の実践が和をもたらす 】

お釈迦さまが、弟子に救いの手を差し伸べられた話を例えられ、先の「六原則」すべてが感じとれること、共に修行するサンガは平等であることを示してくださっています。同信の仲間、和合衆は平等なのだということです。

会長先生が開祖さまから法燈継承された時、「開祖さまは特別の存在であるけれど、私は皆さんと横一列です」とおっしゃられた会長先生のお心を、ここを読んで思い出させて頂きました。

また、「独り病み臥す」弟子の苦しむ原因は自己中心であることを確認し、それでも、先入観にとらわれず、お釈迦さまは、どんな相手にも平等に手を差し伸べられました。釈尊の慈悲の実践がここにあらわされていると思います。「あの人は何度言ってもダメだ」、「いう事を聞かない」とあきらめず、温かなふれあいを続けていく、その慈悲の心、慈悲の行ないによって、和をもたらすことができるのです。その結果、弟子は善心を生じて、その後真の和合衆になっていきます。自己中心の心から人さまのことを思う弟子に改心されたのです。

和合のための六原則は、慈悲心から生まれる、身口意三業(しんくいさんごう)の活動であることがわかります。慈悲の思いが、実践によって人と人との心をつなぐぬくもりを生みだし、それが和合を築くということです。

慈悲の心を実践していくことが大事なのですね。
天台宗の宗祖・伝教大師は、「人々を幸せに導くために、一隅を照らす国宝的な人材を育成したい」という熱い想いを著述され、時の桓武天皇に提出されました。
(「山家学生式」原文の冒頭部分を読む。以下は口語訳。)
「国の宝とは何か?道を求めようとする心である。この道を求める心を持っている人こそが社会にとって、なくてはならない国の宝である。だから中国の昔の人は言った。直系3センチの宝石が10個、それが宝ではない。社会の一隅にいながら、社会を照らす生活をする。その人こそが、なくてはならない国宝の人である。

そして、このような道心ある人をインドでは菩薩と呼び、中国では君子という。嫌な事でも自分で引き受け、善いことは他の人にも分かち与える。自分をひとまず置いて、まず他の人のために働くことこそ、本当の慈悲なのである。」
忘己利他(もうこりた)「己を忘れて他を利するは慈悲の極みなり」、「一隅を照らす」の教えです。まさに、開祖さまのお心そのものであるといえるのではないでしょうか。

私たち一人ひとりの心から生まれてくる、慈悲、布施の心が大事なのです。慈悲の実践が和をもたらす。自分を後にしてでも他のために働くことが本当の慈悲だと学ばせて頂きました。お互いさまに、当然のこととして、和合していくことが自他の命を尊重する最善、最良の手立てだということです。しっかりと、そのことを肝に銘じて歩んでいくことが大事だと思います。

開祖さまが世界宗教者平和会議創設へと向かっていくとき「一人では何もできない。しかし、一人が始めなければ何もできない」と信じて、大変な道のりを歩み、東奔西走の日々のなか、基礎を築いてくださった。今、そのお心が脈々と何十年にもわたって、世界の宗教者が一つになって、平和のために行動していこうという世の中になっているのです。排他的、独善的だった宗教が協力する、そんな世界が当たり前のように実現しているのです。
私たちも「一人では何もできない。しかし、一人が始めなければ何もできない」とのみ心を引き継いでいくことが大事ではないかと思います。

会長先生は、「時間はどんどん過ぎ去ってしまう。だからこそ、いまが大事。過去を生き直すこともできない。未来を生きることもできない。だから、今この瞬間を大事にしていくことが大切だ」とご指導くださっています。また光祥さまのお言葉では「正直に 真心こめて 精いっぱい 一所懸命させていただく」それしかないのだと思います。

しっかりと目の前のこと、私たちにとっては布教伝道に邁進することです。特に、政治浄化の取り組みとしての特別布教が最も目の前の一大事ですね。仏さまの教えを繰り返し学び、自ら実践し、その後ろ姿を通して、思いやりの実践ができる一人ひとりになっていく。会長先生のご法話を常にかみしめ、下半期に向けて、そのような決定(けつじょう)を新たにしていきたいと思います。

先日は歴史的なオバマ大統領来訪がありました。広島の地から、平和を発信する使命があることを自覚して、皆さまと共に歩ませて頂きたいと思います。
今月もよろしくお願いいたします。 合掌


朔日参り(会長法話) | 16:08:49 | コメント(0)
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