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伝道メディア 藤川 裕子

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『佼成』会長法話  平成28年5月号

会長法話『持ち味を発揮する』を拝読して

 

齋藤教会長ご講話の要旨

「自分の持ち味とは何だろうか」と思うと、やはり、一人ひとり、みんな違っている中で、自分の持っている素晴らしさ、自分にしかできない役割に気づけるということが大事なのでしょう。けれども、なかなか、「自分のいいところって何だろう」と考えてしまう人も多いかもしれないですね。そこで、会長先生は、おでんを譬えにご法話を下さり、なるほどと思わせて頂きました。

4月のご法話は、「あなたも私も、みな仏」でした。方便品の如く、仏性開顕ということかなと思います。そして、今月は「持ち味を発揮する」ということで、三草二木の譬えの如くに、それぞれが自らの役割に気づいていく、自らの尊さに気づき、その能力を精いっぱい発揮していくことが大事なのだということをお示し下さっています。

 

【 おでんのように 】

おでんの具材は、どれが主役というより、皆がそれぞれの役割を持っていると思います。これがすき焼きとかしゃぶしゃぶの鍋だと、主役は肉ですね。

会長先生が法燈継承された時に、「開祖さまは特別ですが、私は皆さんと一緒に横並びに修行します」とおっしゃいましたが、その会長先生のやさしさを、この“おでんのように”というご法話の中に、私は感じました。

会長先生も私たちも、共に一つの“開祖さまのみ教え”という大きな鍋の中で、“法華経というありがたい教え” のダシの中で、ぐつぐつと共に煮て、一人ひとりの役割を発揮させて頂くことが大事なのではないかと思わせて頂きました。

まさに会長先生のやさしさと一体感、開祖さまの教えのありがたさをかみしめる、ありがたいご法話だと思わせて頂きました。

 

何が自分の持ち味かわからないで悩んでいる人もいるかもしれません。でも、会長先生自身も「自分とは何か」の答えがなかなか見つからなくて悩まれました。だからこそ、「そんな人の気持ちがよくわかります」とおっしゃってくださっています。

 

自分のことを知りたければ、まず外に出て、人と交わったり、一緒に体を動かしたりするといいと思います。すると、自分がほんとうに好きなことや自信のもてる何かが見つかるのです。「持ち味は縁によって開く」ということです

 

人との出会いの中で、自分の立ち位置、ポジションが見えてくるのです。「このことは人さまにお任せして、私はこの部分を担当させてもらおう」、そんなふうに気づけるのも、多くの人との出会いの中があればこそです。、だから「持ち味は縁によって開く」とご指導下さるのだと思います。

おでんの具材は淡泊なものですが、それが他の具材と一緒に煮られると、それぞれの持ち味、個性がいかんなく発揮されます。そのように、多くの縁に交わることによって、一人ひとりの個性、持ち味が開くのです。多くの人とふれあっていくことが大事だということを確認させていただきました。

 

【 ダシが決め手 】

詩人の浜文子さんの「野辺の花に」という詩を引用され、私たちも花のように、そこにいるだけですでに持ち味を発揮している。私もあなたも皆、ありがたい存在なのだと見られることが尊い見方であり、短所も長所も含めて「あなたは大切な人」だと、すべてを生かす温かなまなざしで見る。そんな豊かな見方が大事だと、確認して頂きました。

 

持ち味とは、詰まるところ心ばえが生みだすものですから、そのように見る素直な眼(まなこ)、心を具えていることが、私たち人間本来の持ち味だと思うのです。

 

実は、素直な心をみな本来持っている、そのことに気付けばいいのですよということです。そして、日々、道場当番やお導き修行や募金活動や、色々な事がらを通して、私たちが世のため人のために菩薩行させて頂いていることも、まさに自分にできる、自分らしい持ち味を発揮する尊い行ないの一つなのです。

自分たちが日々させて頂いている一つひとつのことに、私自身の持ち味を発揮している尊い有り難い時なのだと受けとめていくことが大事なのです。

特別なことではなく、何か背伸びや無理をするのではなく、日々の生活の場での、出会いふれあいのなかで、私らしく、また、私にできる、その方たちに対する思いやりの実践ができることが大事だということです。

それはおいしい料理を作ってあげたり、会社の中で一生懸命働くことであったり、学校で友達と仲良く遊んだり勉強したり何気ない事がらのなかにも、自分らしい持ち味を発揮している時間がある…。まさにこの瞬間、私は私らしさを発揮して生かされているいのちを生きているのだ。そんなふうに自覚できることが尊いのではないかと、受けとめさせていただきました。

 

私たちの持ち味である思いやりの心が、社会という鍋のなかでダシの旨みを吸って、いっそう深い人間味が醸(かも)しだされる、そのようなイメージでしょうか。

                                           

5月3日フラワーフェスティバルも平和を発信する大きなイベントです。開祖さまのお心をわが心として、平和の大切さ、二度と戦争が起きないように皆が仲良く、そんなメッセージを伝えていくことも万灯行進の大事な役割だと思います。

また、青年の日での募金活動も大事な社会貢献であると思います。今月は「一食を捧げる運動」の啓発月間でもあります。尊い菩薩行として、心を込めて実践し参加することが大事だと思わせて頂きました。

 

社会という鍋のなかで、自他の持ち味を引き出す決め手はダシといえますが、それは明るさとかやさしさとか温かさだと思います。ただし、ダシの旨みをいつも利かせるためには、日々の精進がかかせないのです。

 

時には、私たちが人さまの縁になって、ダシとなって、その人を生かしていく、そんなふれあいをしていくこともできます。そのように受けとめることも大事な意識なのかなと思います。そのためにも、まず自らを高めるための精進がかかせないと思うのです。

今年は「温習」、繰り返し、繰り返し、教えを学び、実践する。実践しては振り返って、また学びを深めていく。信じて念じて行じる。一つひとつを実践していくことが尊いことであると思います。

5月、新しい気持ちで、皆さんそれぞれがおでんの具のように、イキイキと自分らしさを発揮して、共に精進させて頂きたいと思います。

どうぞ、今月も一か月間、よろしくお願いいたします。



朔日参り(会長法話) | 16:00:00 | コメント(0)
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