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広島教会
伝道メディア 藤川 裕子

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『佼成』会長法話 平成27年9月号
会長法話 『私たちは宇宙と一つ』 を拝読して

鈴木教会長ご講話の要旨
 今月は、会長先生から「私たちは宇宙と一つ」というテーマを与えて頂きました。皆さんは「私は宇宙と一つ」というような気持ちになったことはございますか?
 人間は本来、宇宙、すべての存在と一つであるというのが、どうも仏さまの悟られた世界のようです。現実の私たちは、自分と外の世界は別のものだというような思い込みが強いと思います。そういう我(が)のメガネをはずせば、我々は本来、他の存在と一つという心境になれるのではないでしょうか。
 
【 人間は星のかけら 】 

私は秋が大好きです。秋は空がすみわたりますので心もすみわたる心地がするからです。今月、会長先生は、秋の夜空から宇宙に思いを寄せ、宇宙と一つという心境を目指そうというテーマを下さっています。私などは、秋の夜空を見上げて、宇宙の広大さに心遊ばせることはなかなかできません。忙しい時ほど、本当はこのような心もちが必要なのです。会長先生は、科学雑誌や宇宙に関する本をよく読まれるようです。
ここに、理論物理学者の佐治晴夫先生の言葉を紹介下さっております。

『すべては、ひとつのものから始まった』ということでした。

  我々は、星のかけらから成り立っているそうです。非常に壮大ですね。「すべてがひとつ」とは、「すべては仏さまの御いのち」と言ってもいいと思います。宇宙の大生命と言ってもいい。そうした大生命と一つと感じられたら素敵ですね。我々もそのように感じられるような修養をしていきたいと思います。

そうであれば、すべては、ひとつのものから、枝分かれして生じてきたということですから、『すべては互いに関わりあっている』ということが言えるでしょう (『からだは星からできている』春秋社より)

 『すべては互いに関わりあっている』。これは諸法無我の教えです。三法印は諸行無常・諸法無我・涅槃寂静。仏教のもっとも根本的な教えです。このことが本当に腹に落ち、この教えを信じることができたら涅槃寂静になります。心がいつも落ち着いて、穏やかで、あの人がこう言ったとか、言わなかったとか、そんなことで腹を立てたり、不平を言ったり、そんなことが起きるはずがないのです。
  諸行無常。物の世界も心の世界も瞬時に変化しているのですから、どんなこともとらわれることはないのです。何が出てきても永遠に続くものは一つもないのです。どうして実体のないものにしがみついて、不平を言ったり、愚痴を言ったりするのか。そんなことに時間を費やすのではなく、真実の世界、美しいものや愛の世界に生きて行かないともったいないと思いませんか?お釈迦さまが示して下さった涅槃寂静の世界に心を遊ばせたいと思います。


【 他も「己れ」 】 

20世紀最大の発見の一つは、人類が大気圏を脱して宇宙に行くことができたことです。宇宙空間に出ると人生観がずいぶん変わるようです。宇宙飛行士の中でキリスト教の牧師になった人も何人かいます。なぜそうなったかというと、宇宙に出て神の実在をすごく感じ、地球と自分の一体感、地球に住むすべての生物への慈しみの心等が、強く感じられたようです。おそらく宇宙ステーションから地球を見た時、なぜ人間は戦争をしたり、他の存在を傷つけたり、自分たちの欲望だけで生きているのか、何とも悲しい気持ちになるのではないかと思います。

  世界がすぐにでも平和になってほしいけれども、現実は、なかなかそうはならない。では宗教者としてどうすればいいのか。我々自身が平和な心をつくることです。私たちがいがみあったり、ケンカしたり、怒ったり、憎しみあっていたら、世界は平和になりようがない。人類が愛と慈しみに満ち、平和の心にすべての人がもしなったとしたら、おそらく瞬時に世界は平和になるのだと思います。そういう世界の実現を目指して、私たちは日々仏さまの教えを学び、実践させて頂いているのではないでしょうか。

  10月11日の教会発足55周年式典のテーマ「平和の心―広島から世界へ」というのは、そういう意味あいだと思うのです。当日は開祖さまの表現によれば、えびす様が砂糖をなめたようなニコニコ顔で集まりたいと思いますがいかがでしょうか?平和な心になって、産業会館に集いたいと思います。

  「宇宙と一つ」ということは、我々を生かしめている根源的な力、宇宙の大生命と一つになるということですね。例えばケガをした時、小さな傷は、傷口がふさがっていつのまにか治っている。誰が治してくれるのでしょう。自分の中にある、治そうとする力(自然治癒力)です。それは宇宙の大生命の働きの一端と考えたらいいのではないでしょうか。そういう力が、我々の体の中にも満ち満ちているということです。
  中村天風という人の書物に「宇宙の大生命はいつもほとばしり出たいと待っている」とあります。どうしたら出てくるか?天風さんは「感謝と歓喜の心を持てば、宇宙の一大エネルギーがほとばしり出てくる」と書いています。

  今朝、当番支部長さんが「私は今恵まれた生活をしている。昔に比べれば有り難い。でも気が付けば厳しい生活の時を忘れてしまって不平不満が出てくる。これは申し訳ないことだった。不平の心でなく感謝の心で今日は生きていきます」と朝礼で話されておりました。いつも感謝と歓喜に満ち満ちた心であれば、宇宙の大生命がほとばしり出てきて、百事如意、不可能なことは一切無くなるということです。
  我々も、仏さまと一体であり、本来仏であり、仏さまの子です。そうした教えを心から信じて、宇宙のエネルギーに満ち満ちている訳ですから、皆でそういう心境を味わいたいと思います。

「他は他であるがそれがそのまま『己れ』として感ぜられ、その喜びも悲しみも『己れ』の喜び『己れ』の悲しみ」「大宇宙にいかなることが有っても、そのことごとくが、自分自身の問題である」(山田霊林「大法輪」昭和44年3月号)

  無量義経説法品第二に「而るに諸の衆生、虚妄に是は此是は彼、是は得是は失と横計して、不善の念を起し衆の悪業を造って六趣に輪廻し…」(三部経10頁)とあり、「衆生はその真理を知らないために、何ごとも自分本位に考えて、これは得だとか、これは損だとか、勝手な打算をする。したがって、いろいろなよくない心が起こり、六つの苦しみの世界をぐるぐるまわっているのです」とお説き下さっています。
  私たちは無意識に「あの人はいい人だ。悪い人だ」と、色メガネで人を見てしまいます。ですから、六道から抜け出られない、我々は六道の衆生なのです。でも、虚妄(こもう)なる分別が無くなれば、本来ひとつという真実の世界が開かれてきます。
すべての存在の喜びも悲しみも『己れの喜び悲しみ』と感じられるか、なかなかハードルは高いですが、そのような心境を目指していきたいものですね。

私たちは宇宙と一つ、真理と一つ、そして他も「己れ」。この「一つ」ということを胸に刻み、私たち一人ひとりが日々思いやりをもって人と接するとき、それは世界平和の種となり、美しい地球の未来を創造する肥料となることでしょう。

  開祖さまは「異体同心」「皆仲良くするように」が最後のお言葉でした。我々はそのお言葉を重く受け止めなければならないと思います。
  10月11日、教会発足55周年記念式典には、今日から「異体同心」の心となって、不平不満を言わない。みんな仲良く、ひとつの心になって、寄り添いながら、お手取りをさせて頂いて、当日は、皆、えびす様が砂糖をなめたような顔で集いたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。


朔日参り(会長法話) | 16:25:27 | コメント(0)
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