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広島教会
伝道メディア 藤川 裕子

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『佼成』会長法話平成26年9月号
会長法話「言葉が人をつなぐ」を拝読して

鈴木教会長ご講話の要旨

 我々は毎日何気なく言葉を使っていますが、言葉がなければ今の文明もできていないでしょう。言葉があることによって、我々はものを考えることもできるし、自と他を分けてものを認識することも言葉によってなされています。
その言葉は神仏から与えられたものだと、会長先生はお説き下さっています。それゆえに言葉の使い方を大事にしなければならない。我々の考えること、心の内容は言葉ですので、よき言葉を使うことが、我々のものの考え方というものを整えてくれるということです。
 そして、慈悲のこもった言葉こそが人と人をつなぐ大事なものであるということで、今月のご法話は「言葉が人をつなぐ」というタイトルです。

【神仏から託されたもの】

 言葉の恩恵に感謝することも大事です。今、私たちが言葉を話しているのも親やまわりの人間社会があったからこそです。天地自然を創られたのが久遠本仏、神様とすれば、神仏は、神仏の心を、人間を通じて表に出すことができたということです。

 人間がものを思い、その思いを語れるのは、天地自然、すなわち神仏が私たちに思いを託し、語らしめているということです

 我々は神様のメッセンジャーです。でも、本来そういう存在であるなら、神様のお言葉を取り次いで、慈悲や愛にあふれ、智慧のある言葉しか出てこないはずですが、我々の日常生活はいかがでしょうか?
 巻頭の開祖さまのご法話にあるように、我々は真実の自己に目覚めてない、「我の垢」にしがみついている。だから、心を磨くとか、仏道によって心を開くとか、真実の我に目覚めていくとか、本仏と一つになるということにならないと慈悲の言葉が出てこないのです。
 言葉がないと社会生活は成り立ちません。智慧や慈悲にあふれた言葉であれば、神仏に頂いた言葉という恩恵を最大限に生かすことができるということです。情報化時代の今、メールやラインなど言葉で人を傷つけることが問題となっています。我々は言葉の使い方をよくよく大事にしていかないといけません。
 
【心に届く言葉とは】

 会長先生は、“「自分とは『自然の分身』のこと」という一節に感銘した”とおっしゃっています。我々は大いなる宇宙と一体であり、なおかつその分を守っているということです。でも私達は、自分と世界は別のように思いがちです。
 白隠禅師の坐禅和讃に「衆生本来仏なり 水と氷の如くにて 水を離れて氷なく 衆生の外に仏なし……」とあります。氷と水は別物だけれど、氷もとけると水になるように、我々も宇宙の本体とか、久遠の本仏さまと本来一体なのですね。しかし、宇宙と較べれば、小さな小さな存在である、だから謙虚に生きようということを教えて頂いています。

 会長先生は“「ありがとう」「おかげさまで」「ごめんなさい」といえる人は、素直な人であり、無我の人といえます”と教えてくださっています。
 「ありがとう」「おかげさまで」という感謝の言葉や「ごめんなさい」という言葉が素直にいえるようになったら、本当に幸せになりますね。
 会長先生ご著書『心田を耕す』(234~235頁)に、次のように教えて下さっています。

素直にありがとうを”
 人間として大事なことはまだあります。
 その一つ目は、人から何かしてもらったら「ありがとう」をいえる人間になることです。
素直にいえる習慣をつけ、やがては心からいえる人間になることです。「ありがとう」と心からいえるのは無我のときで、我のあるときは素直にいえないものです。
 二つ目は、人から「お元気ですか」と尋ねられたときに「おかげさまで」といえることです。(中略)
 三つ目は「ごめんなさい」と言えることです。お互いに完全な人間ではありませんから、間違いや失敗することもあります。そんなときは素直に、「ごめんなさい」とおわびすることです。人間は、失敗したときほど、我を張りやすいものですが、「ごめんなさい」というのは、その我を除く近道です。
 仏教では「懺悔」という言葉で反省の大切さを教えていますが、やさしくいえば、「ごめんなさい」は、その懺悔から生まれてくる言葉です。
 「ありがとう」「おかげさまで」「ごめんなさい」の言葉を、素直にいえる人間になること、それが自己中心を除く日常的な行であるといえます。


 皆さん、昨日一日を振り返って、何回「ありがとう」と言えたでしょうか?
言葉には大きな力があります。朝起きて、自分の体の細胞に「細胞さん。ありがとう」、寝る時「肝臓さん、心臓さん、ありがとう」というと健康にいいようです。
 また、以前、壮年さんに、ふとんを自分であげること、あげるときに「一晩、体を大事に支えて下さってありがとうございます」と言いましょうとお願いしましたが、実行されていますか?

それはどのような言葉が大事かではなく、どのような自分がその言葉を発しているのかという点です。端的にいうと、いっていることとやっていることが一致しているかどうか― 

言行一致する、その思いがそのまま言葉になるというのは、本当に素晴らしいと思いますし、そんな自分になれるよう努力をさせて頂きたいと思います。
                                                                          
 日本では昔から、言葉の力が幸福をもたらすといわれます。その一つが、悩み苦しむ人が一人でも救われるようにと願って真理・法を伝える営みであると思います。

 会長先生は、年頭のご法話で、「悦びを伝えよう」と教えて下さっております。よき言葉、真理を多くの人にお伝えしていきたいと思います。
 今月は脇祖さま報恩会、10月は開祖さま入寂会、11月は開祖さま生誕会です。立正佼成会を創立された開祖さま、脇祖さまを思い起こし、原点に帰り、多くの人に法を伝えるお導き活動をさせて頂きたいと思います。どうぞ、よろしくお願いします。


朔日参り(会長法話) | 15:00:00 | コメント(0)
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