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広島教会
伝道メディア 藤川 裕子

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『佼成』会長法話平成26年7月号
会長法話「いま、すぐ」を拝読して

朔日参り 鈴木教会長ご講話の要旨

今日 7月1日 私は満64歳の誕生日を迎えました。
こうして、お役をさせて頂けるのも仏さまのご守護、教えのお陰さまだと思わせて頂きます。

今月の会長先生のご法話は「いま、すぐ」ですね。
「いま」とは、どういう時のことをいうのでしょうか。
「い」と「ま」の間には時間的経過があります。
だから真実「いま」という瞬間を味わっている人がどれだけいるでしょうか。
人間の心とは妙はなもので、いつも何かを考えています。ある時は過去のことを思い、ある時は起こっていない未来のことを心配しています。
そういう意味で「いま」という瞬間に生きている人というのは少ないかもしれません。
「いま」という言葉は、とても深い言葉であり、そこに、さらに「すぐ」という言葉もあります。
今月のご指導を学ばせて頂きましょう、。

【なぜ「いま」が大事か】
 信濃の飯山で正受庵という草庵を結んだことから俗に正受老人と呼ばれる禅僧・道鏡慧端の有名な言葉に「一大事と申すは今日ただいまの心なり」があります。

正受老人は、真田幸村のお兄さんである信之の庶子で白隠禅師のお師匠さんみたな人です。
そういう方のお言葉を引用される会長先生は本当に教養が深いなと思います

「一日暮らし」という考え方を提唱して、人びとに「いかに苦しいときでも、一日と思えば堪え易し。楽しみもまた、一日と思えば耽ることなし」と説き、「きょうという一日をていねいに暮らし、日々を積み重ねることが大事」と教えています。つまり、一日一日に真を尽くすこと、そのためにも「今日ただいま」を大事に生きること、それを怠って先のことを考えても人生はおろか翌日すらないというのです。

今日一日を大事に生きるということは、いま、この時、瞬間を大事に生きるということで、その積み重ねが一日であり、一日一日の積み重ねが一年であり、そのまた積み重ねが一生ということでございます。
瞬間、瞬間を大事に生きる。その日その日を大事に生きていくという意識が大切だと思います。
「今日ただいま」を大事にするには、
心で決める(決意する)という事が、すごく大切だと思います。
何かの機縁に、本気になって決めると、たいがいのことは出来るのではないでしょうか。
つまり人間の意志の力、こうするぞと決める一念の力がとても大事なのです。

真剣に真(まこと)をもって生きるためには、どうしたらいいか。
最終的には、やっていることを好きになることです。
初めはイヤな仕事でも好きになるぐらい集中して一生懸命やっていると、だんだんその道にしっかり入っていけるということです。
そして、好きになるためには、くり返すことですね。
何でも続けていくと本当に好きになるのだと思います。

【「いま、すぐ」実行すれば】

では、どうすれば「いま」を大事に出来るかを考えてみましょう。

会長先生はここで3つ、示して下さっています。
ひとつは「跡見よソワカ」です。
一日の行動をふり返り、今日の一日、自分は大事に生きていたかな、やるべきことはやったかなと反省する時間をきちっと持とうということです。

2番目は多くの人の前で決意を語るのも一つの方法です。
人に宣言して私はこうします(有言実行)ということも決定を実行するために大変有効ということです。

3番目に「思いたったが吉日」という言葉どおり、昔から「時」を逃さず「いま、すぐ」にとりくむことが大事といわれるのは、何かを決断したり思い立ったりしたとき、その縁に随って素直に実践することが真理にかなった生き方といえるからです。
「いま、すぐ」を心かけると、おのずから真理に髄順する生き方ができるということです。

有名なコンサルタント会社の会長さんであった故船井幸雄さんは即時処理ということを言っておられます。ビジネスの世界において先のばしはダメで、その場ですぐに処理できないと仕事ができない―まさに「思い立ったが吉日」と同じことですね。また、森信三先生は拙速主義ということを提唱されていますね。
完全なものを期さなくてもいい、すぐに処理することが大事だということで、人からハガキや手紙を頂いたらすぐ返事を書くということを大事にされていました。
「思い立ったが吉日」を実行することが今を大事にすることにつながると教えて頂いています。
「いま、すぐ」ということも非常に大事です。

今月は
開祖さまが、いちばん願われた、この法を一人でも多くの人に伝えて、この法華経によって救われていくよう、お導きに精進させて頂きたいと思います。
ご縁の中で一人でも多くの方を、お導きさせて頂きたいですね。その基本は心配行だと思います。
お知り合いの方、親戚の方、職場の方などで、悩み苦しんでおられたり、気がかりだなという方が一人か二人いらっしゃると思うのですけれども、そういった方の名前を書いて、ご供養の時に読み上げて、「どうか、この方のよきご縁にならせて頂きたい。この法華経によって救われて頂きたい。」そういう願いを持って今月、来月はぜひ、お導きの修行をさせて頂きたいと思います。
今すぐ、心配な人にメールを送ったり、電話をかけたり、立ち寄って声をかけてみましょう。
そういったなかで今月もたくさんご守護を頂戴できるのではないかなと思わせて頂きます。
まだ、梅雨は明けていません。暑い日も続いておりますのおで体をご自愛頂き修行させて頂きましょう。
三部経の提婆達多品(227ページ)に
「情に妙法を存ぜるが故に身心懈倦なかりき」という言葉があります。
教えというものが心にあると、うれしくて楽しくて、しょうがないので何をやっても疲れないという意味です。
我々も悦びを持って、このご法が楽しくてしょうがないという心境になれば、どんな修行をしても疲れもないかと思いますので、そのような気持ちで今月お導きの修行に取り組ませて頂きたいと思います。ありがとうございました。

朔日参り(会長法話) | 19:07:26 | コメント(0)
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