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広島教会
伝道メディア 藤川 裕子

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『佼成』会長法話(平成26年4月号)
会長法話「大きな願いに生きる」を拝読して
朔日参り 鈴木教会長ご講話の要旨
【比べるから苦しむ】
会長先生は 
妬んだり、卑下したり、驕慢になったりするのは「大事なことが」わかっていないからではないでしょうか。それがわかれば人と比べたりしませんから、不足によるへこみも、驕りによる角もない「まんまる」の心のままでいられるのです。
釈尊がお生まれになったときにおっしゃったといわれる「天上天下唯我独尊」というお言葉は
「広大な宇宙にあって人間は一人ひとりみな尊厳なる存在である」ということを教えています。
そして、自己の尊厳を真に発見する者は、他者の尊厳も等しく見るのです。ですから、そのことが自覚できたら人と比べる必要はなくなるのです。
と教えてくださっています。

我々一人ひとりはみんな尊厳なる存在であるということは、他の言葉で言えば、みんな等しく
仏性をそなえている。さらに言えば、白隠禅師がおっしゃるように、人間皆本来仏であるということですね。
法華経で大事なところというのは、我々もみな本来仏であるということです。

【自分を発見する】
信仰の世界においても、人が向上する姿に刺激を受けて発奮し、よりいっそう自分を磨くということがあるのも事実でしょう。
中国の天台大師が「汝、外に尋ぬることなかれ。ただ内に一を守れ」といわれているように、
目を外にばかり向けず、「自分にとってほんとうに大事なことは何か」と自分の内に目を凝らすことを忘れないようにしたいものです。

なぜ会長先生が天台大師のことばを紹介されたのか。それは、放っておくと我々は外の世界ばかり見てしまうので、内なる世界を見る訓練も大切だとおっしゃっているのです。

仏教者であり、教育者でもあった東井義雄先生は、
「大きな願いに生きる以外、ほんとうの自分に育てる道はない」といわれていますが、いま申しあげた「大事なこと」の一つがここに示されているように思います。
と会長先生より教えて頂いております。

「大きな願い」に生きるとは、四弘誓願にあるように、人類すべてを救い切ろうという願いをもち、少しでも開祖さまがおっしゃっているように、自分自分という生き方から枠を広げて、まず人さまという生き方をすることです。そうすると、大切なことに気づけ、仏さまに近づけます。佼成会ではいつもそういう環境を頂いているのでありがたいですね。

たとえてみれば、日々のご供養や法座をとおして、自他の仏性礼拝の心を深めさせていただくのも、それに通じるといえます。その心で他を敬うとき、周囲には和やかな空気が生まれることでしょう。
まさに、仏さまの願われる自他一体の世界にほかならず、私たちが「このように生きよう」と謙虚に願うとき、自らの仏性を開き顕すことになります。
そのように大きな願いに生きるとき、仏さまが身近なものになるーそれはつまり、本来の尊厳なる自分を発見することなのです。
と会長先生より教えて頂いております。

日々の修行そのものが仏さまの願いに沿って生きることであり、大きな願いに生きることではないかと思います。
最近、園参務さんは釜石教会に行かれたそうですが、その時、ホテルには泊まらず、あえて道場に止まられたそうです。それは被災された方々のご苦労を少しでも理解したい、そして寄り添いたいという願いがあったからだとのことです。相手の立場に寄り添い、身を置き、一緒に修行することも、現実的な自他一体の世界だと学ばせて頂きました。

いよいよ4月になりました。
4月は降誕会、広島教会発足の月でもあります。本日は杉本顧問さんにおいで頂いておりますが、諸先輩のご苦労、ご精進のおかげさまで今日の広島教会があります。
諸先輩を見習って、草創期のように、現実に人さまをお救いする修行に真剣に取り組ませて頂きたいと思います。どうぞ、よろしくお願い致します。





朔日参り(会長法話) | 14:00:37 | コメント(0)
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