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広島教会
伝道メディア 藤川 裕子

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『佼成』 会長法話(平成26年1月号)
『佼成』会長法話(平成26年1月号)
 
会長法話「心の眼を開く」を拝読して

鈴木教会長ご講話の要旨

 会長先生は、心ということを大事にされ、平成10年以来「一人ひとりの心田を耕す」という信行方針をお示し下さいました。私たちは、とかく自分のことはさておいて、他の人の心田を耕したくなりますが、“自らの”心田を耕すことが大事ですね。自分自身の心の眼(まなこ)を開く、自分の仏知見を開いていくことが大事だと、会長先生は教えて下さっております。
 心の眼が開くと「世界が美しさに満ち満ちていて、ああ有り難い」ということになります。そのためには、幼児のような心になるのが良いと教えて下さっています。
 
【幼児のように】
 会長先生の年頭ご法話は、「悦びを伝えよう」ということです。お釈迦様はいつも「遊戯三昧(ゆげざんまい)」の心境でおられたといいます。心の中はいつも楽しみや悦びで満たされ、法を説くこと自体が楽しいという心境を「遊戯三昧」といいます。今年は、法をしっかり学び実践して、その悦びを一人でも多くの人に伝えて参りたいと思います。
皆さまは、仏さまのものの見方や考え方が身についていますよね。日々が何となく有り難いとか、佼成会に行って皆の笑顔を見るのはうれしいなとか、そういう心境でいられるのは、かなり仏さまの教えが身についているという証だと思います。

 会長先生は、「単純に、幼児のように」という視点が、日々を清新に楽しくすごすコツといえそうですと、教えて下さっています。童心は道心に通じるとあります。幼児は、出てくることは皆、新鮮で、感動的で、素晴らしいと思うのではないでしょうか。そういう心に近づくために、我々はもっと余裕のある時間も必要でしょうね、じっくりと花をめでるような時間も必要なのですね。そうすると幼児のような、新鮮な気持ちになれると思うのです。

「気づくというのは、さまざまなことをとおして私たちに問いかけてくださる神仏の声
キャッチすることといえるからです。」


 神仏はもう愛しかないのです。我々が勝手に、これは良いことだとか悪いことだとか言っているだけで、宇宙の根源の仏さまの世界は、愛、慈悲しかありません。では、どうしたら、清らかな波動の仏さまと、心が一つになれるのでしょうか。
 空中には各放送局の電波がたくさん飛んでいますが、どうして、テレビのスイッチを入れてチャンネルを合わせると、希望する番組が映るのでしょうか。それは、自分のテレビから、テレビ局と同じ周波数の微弱電流を少し出すと、選んだテレビ局の画像がスッとやってきて、テレビの画面が映るそうです。仏さまの慈悲も宇宙に遍満していて、今もここにあるわけです。我々はそれをなかなか感じられない。でも、我々が本当に「仏さまー」という心の微弱電流をちょっと出すと、仏さまはスッとやってきて下さるというのです。

 我々の信仰が深くなればなるほど、ここに書かれているように「さまざまなことをとおして私たちに問いかけてくださる神仏の声をキャッチすること」ができる。べつの言葉でいうと、「この現象は、私に仏さまは何を教えて下さるのか」という求める気持ちになると、気づきが早くなると思います。

【苦しいときは気づきのチャンス】
 多くの方々の生きざまを見させてもらうと、信仰に目覚めるきっかけは、悩み苦しみがあるからだと思います。ただ悩んでいるだけでは、悩みから抜け出せません。しかし、良き人、良き本とふれることで転迷開悟できるのではないかと思います。
 もし、あなたが幸せになりたかったら、ついている人と付き合った方がいいと言われます。松下幸之助さんのように、何があっても「ああ私はついている、運がいい」というような人や、苦しみをありがたいと感謝に変える人がいてくれたら、その人の感化によって、我々自身もだんだん、そうしたものの見方、考え方を身につけることができるのではないでしょうか。良き人、良き本にどれだけ多く触れているかということです。苦悩があってもそれを乗り越えていく、「苦悩そのものが私を成長させてくれているのだ」とか、「ああ周りが悪いと思っていたけど、そうではなくて、その原因は全部自分にあったのだ」と気づけるためには、ふだんから善き縁にふれている必要があると思います。

 「一日読まざれば 一日食わず」これは森信三先生の言葉です。仏教書、古典など、先人が、苦労に苦労を重ねて、こうすれば人間として幸せを歩めるぞと証明して下さっているような本を枕元に置いて、一日一ページでもいいから読書をする。そういう良き習慣を身につけて頂きたいと思います。

道歌「世の中に何が苦しと人問わば み法を知らぬ人と答えよ」

 み法(のり)は真理と言っても良いでしょう。私は、高校生3年生の時に、三法印の教えを聞いて、心の眼が開き、価値観がガラッと変わり、それが一生貫いている感じがします。
 諸行無常、ものごとは常に変化している、だから何があっても動じることはない、努力すれば必ず良き方向に行くぞと開祖さまは教えてくださっています。諸法無我、関係依存の中で私たちは生きている、いや生かされている。そこから、すべては皆周りのお陰様と感謝する生き方がでてきます。それが幸せの元だということです。諸行無常、諸法無我が納得できて、それを悟れば涅槃寂静で、心は穏やかになるということです。あれこれ難しいことを言わなくても、三法印だけでも人に伝えれば、きっと、それによって、その方は幸せを得られるのでなないでしょうか。

 今年は「悦びを伝えよう」、悦びの清新な風を、我々自身が風となって、多くの人にお届けして、一人でも多くの人がみ法に会えて、ああ幸せだなと言えるような一年にさせて頂きたいなと思います。
 今月は、「心の眼を開く」、幼児のような気持ちになって、素直になって、あらゆるご縁にふれてみると、そこに大きな気づきがあるということですので、さわやかな清新な気持ちで、一か月過ごさせて頂きたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。


朔日参り(会長法話) | 10:30:37 | コメント(0)
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