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広島教会
伝道メディア 藤川 裕子

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『佼成』会長法話(平成25年10月号)
会長法話『苦は自らつくる』を拝読して

鈴木教会長ご講話の要旨

苦の原因は、自分の思い通りにしたいと思うこと、すなわち“我(自己中心性)”ともいえると思います。譬喩品に説かれている火宅の中から脱出するには、狭き門を通らないといけない。その狭き門というのは、我々の我とか自己中心性とか我執だということです。仏教では、いかに我を取って、大きな広々とした自由自在の心境になるかということが、修行の大切なポイントだと思います。

【諸苦の所因は】
今日お集まりの方々は、“苦しみの原因は自分の心の内にある”とわかっていると思います。しかし、世の中の人は、「私はいい人、正しい人、悪いのは周りの人」、あるいは「社会が悪い、だから今俺はこうなっているのだ」とよくいいますが、皆さんは、自分のどこが悪いのだろうかと内省、反省しますね。思い通りにならないというその心が苦悩を生み出しているということを、すでに知っているのですよね。
四諦の法門にある「苦諦」の「苦」の元々の意味は、パーリ語で「思い通りにならない心の状態」をいいます。それが苦を作っているということです。
我々は、相手の行為をやめさせようとしたり、まだまだ相手を思い通りにしたいという心が強くないですか?
思い通りにしたい心を取るにはどうしたらいいのか、よく考えてください。そこが修行のしどころですね。
煩悩の意味は、「智慧を妨げる心の働き、動き」とあります。我執は自己中心の考えで、それに基づく「物への執着」だそうです。皆さまは、すでに我執を離れているのかいないのか、いかがですか?

開祖さまがお示しになられたように、個の立場から、家族、地域、職場、日本、世界へと関心を広げていくことは、菩薩行と言えるでしょう。お役をさせて頂く中で、だんだん人さまの心配行ができるようになると、その間は自分中心の考えから離れることができるのです。「一寸座れば一寸の仏」といいますが、この一寸はお線香の長さです。一回座禅する時間は、お線香一本分だそうです。座禅で禅定に入り、妄想などが無くなった時、その間は仏さまと同じ心境だよという意味です。

菩薩行というのは、日常の中でできる自己中心から離れるための最も簡単な行為かもしれません。そういうことを、繰り返し、繰り返し行ずる中で、我々はだんだん我執から離れることができるのです。
そして、心を汚す三つの毒、貪欲(とんよく:むさぼる心)、瞋恚(しんに:怒りの心)、愚痴(ぐち:智慧のない状態)、この三毒を離れるために我々は修行させて頂いているのです。

【楽も自らの心がつくる】
人生の苦と楽は、心一つの置き所によります。目の前の現象をどのようにとらえ、どのように見るか、その見方によって結果として苦しみにもなるし楽にもなるということです。
開祖さまは、さまざまなご苦労や試練を体験されていますが、困難な状況になると「これは、いよいよおもしろくなってきたな」と考えられたそうです。我々も開祖さまのような心の置き所になれば、苦悩は無くなるのではないでしょうか。現象として色々なことがあっても「ああ、ありがたい。これは我が心を磨いてくれる仏さまのお手配だ」と受け取れるようになると良いですね。

「足るを知る」というのは、中国の老子(ろうし)の言葉だそうです。
「足るを知る者は富み、強(つと)めて行う者は志有り」という言葉の中の一節です。
「本当にああ、ありがたい、今、この場、この状態がありがたい」と、「足るを知る」人が、本当に豊かな人だというのです。どんなにお金があっても無くても、今を感謝していける人が豊かな人です。皆さんは今に満足しておられますか、いかがですか?
西洋のことわざで「満足は、触れるものすべてを金に変える賢者の石である」というのがあります。「足るを知る」と共通しています。満足することは、大事な心のありようですね。ご主人に、奥様に、子供に満足していますか?今、住んでいる家に満足していますか?皆さん、チェックしてみて下さい。

ご法話の中に、会長先生が「処世のおきて」というゲーテの言葉を示されています。
 気持ちよい生活を作ろうと思ったら、
 済んだことをくよくよせぬこと、
これは、「今に生きる」ということです。過去は確かにあったことだけど、今は存在しない。どこにあるかというと、我々の記憶にあるだけです。その記憶によって、怒りや恨みを引きずっているだけです。今日からそういう生き方はもうやめにしませんか。
 滅多なことに腹を立てぬこと、
 いつも現在を楽しむこと
我々が今生きているのはこの瞬間なので、今を楽しむ心になりましょう。すでに去った過去のことにとらわれたり、これから来るであろう未来のことについて、悩み、思い煩う必要はありません。今を楽しみましょう。
 とりわけ、人を憎まぬこと、
 未来を神にまかせること
神さま仏さまにすべて任せられたら、こんなに幸せなことはないでしょう。空を飛ぶ鳥も、水の中を泳ぐ魚も、明日何を食べようかと心配してないのです。動物たちの方がお任せの心境です。我々は、起こってもいないことを色々心配してしまいますが、今に生きるという心になれて、その今も全部仏さまにお任せして、そして、「私は今ある中で全力を尽くして生きていきます」という心境になれたら、それはもう仏さまの心境です。

皆さまは、過去のことをくよくよする「後追い苦労型」か、起きてもないことをあれこれ心配する「取り越し苦労型」か、どちらですか?

小林正観氏は、すべてのものごとの見方を「うれしい」とか「しあわせ」とか、「感謝の心」でとらえるという“見方道”を説いています。我々も“見方道”を身につけて、どんなことが起きても、「ありがたい」「感謝」と言えるような心を作っていきたいと思います。 (合掌)

                          キンモクセイ



朔日参り(会長法話) | 17:48:11 | コメント(0)
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