■カテゴリ
■ご 挨 拶

訪問いただきましてまことにありがとうございます。
当ブログは、立正佼成会広島教会での活動の紹介と、その活動を通しての会員の喜びや気付きなどを紹介しています。
記事を読んでいくうちに興味がわきましたら、 是非コメントを頂きたいと思います。
運用担当者
広島教会
伝道メディア 藤川 裕子

■最新記事
■リンク
■RSSリンクの表示
■最新コメント
■QRコード

QR

■月別アーカイブ
婦人部キラキラセミナー
2015年7月12日
婦人部キラキラセミナーがありました

IMG_1366_R4.jpg
IMG_1369_R4.jpg
IMG_1393_R4.jpg
IMG_1408_R4.jpg


総合 | 13:24:29 | コメント(0)
家庭教育講演会
7月5日、国際会議場地下二階ひまわりにて
東京家庭教育研究所元所長 丸山貴代講師さんをお迎えし、家庭教育講演会が開催されました。
丸山講師さん3補正済み_R4


総合 | 13:20:09 | コメント(0)
蓮の花が咲きました。2年目
6月23日、 観蓮会の新井一嘉氏より広島教会に株分けしてもらった蓮の花が咲きました。

昨年も咲いたので、今年は2年目です。

DSC03731001_R4.jpg


総合 | 13:20:52 | コメント(0)
『佼成』会長法話 平成27年7月号
会長法話『先祖に感謝できる幸せ』を拝読して

鈴木教会長ご講話の要旨 

 我々の親がいて、そのまた親がいてと、先祖を26代さかのぼると1億3421万7726人のご先祖様がおられるそうです。命をつないでくれたご先祖様の存在を忘れてはいけないと思います。
我々が目に見えないご先祖様方に真剣にご供養をさせて頂くと、それは必ず霊界に響き渡っているわけです。私も母が5月に亡くなり、より真剣に「どうか速やかに霊界に行かれ、新たなる修行をしていただきたい」と念じながら、ご供養させて頂いております。今月はお盆の月でもあり、一回一回を大事に真剣にご供養させて頂きたいと思います。

【命の尊さに気づく】

 会長先生は「先祖を供養できることがじつはこのうえなく幸せなこと」とおっしゃっています。戦前の家父長制の下では決められた人しか先祖の供養はできなかったわけです。
 私たちは、無数の数のご先祖様のお陰様でここに生かされております。盂蘭盆会では、「ご先祖様、いまもこうして命をいただいてありがとうございます」と、ご供養して感謝の心をあらわしましょう。さらに、会長先生が教えてくださっているように先祖が喜んでくださるような人生を歩もうと、人格を磨くことを誓いたいと思います。
 会員綱領にあるように、個人として目指すのは人格完成です。その身近なモデルは開祖さまです。我々の人格向上のために、仏さまは様々な縁をつくってくださいます。逆縁も良縁も色々あります。悪い縁が起こると泣いたりわめいたり、それではダメだぞと、そのことを通して自分の心の器を広げ向上していくかが大事なのです。
 ご先祖様は目に見えません。開祖さまは「先祖は木に譬えると根っこです。幹がしっかり育ち葉が元気なのは、根が大きく張っているからなのです」とご指導くださいました。根にも栄養分が必要で、それがご供養です。

「見えないところで 見えないものが 見えるところをささえて 生かし 養い あらしめている」という東井義雄先生の詩があります。

 供養には利供養・敬供養・行供養の三つがあります。利供養は食べ物などを捧げること、敬供養は感謝の誠、帰依の念を捧げること、行供養は教えを実践させて頂くことです。それは本来仏さまに対して向けられることですが、日本ではそうした思いをご先祖様にも捧げようということだと思います。

開祖さまご著書『瀉瓶無遺(しゃびょうむい)』167頁に追善供養について次のようにご指導くださっております。

 亡くなられた方への追善供養でいちばん大切なのは、なんといっても、子孫の私たちが自分の体を使って功徳を積む供養です。(中略) しかし、もはや亡くなって肉体をもたないご先祖は自分では功徳を積めません。その亡きご先祖の慚愧の思いを、私たちが代わって世のため人さまのために功徳を積んで回向させてもらうのです。「自分たちが積めなかった功徳を、よくぞ子孫が積んでくれる。有り難いことだ」とご先祖は必ずや喜ばれるはずです。その先祖の喜びが、そのまま私たちのところへ再び回向されてくるのです、そのように考えて行じていくのが供養であり、信仰なのです。

 佼成会では4代前くらいまでのご先祖のお戒名をもらって、先祖の方々がどんな生きざまであったか、調べられる範囲で調べて、ご苦労を重ねた方の、ご苦労、悩みをよく理解し、裁くのではなく「私も同じ状況なら、皆さまと同じような心になっていたと思います」という共感をして、「霊界でさらにいいところへ行って頂きたい」という思いを込めてご供養すると、その喜びが現世にはね返ってくるということです。よいことを、心を込めて繰り返したいと思います。

【世界じゅうの幸せのために】

「七分獲一(ひちぶんぎゃくいつ)」
 「供養の功徳は、七分の一が供養した先、すなわち先祖に届き、残りの七分の六は供養する人が受けるという教え」と会長先生は教えてくださっています。

 先祖がいちばん望んでいるのは、家族が仲よくし、まわりの人と調和して生きることですから、日々の小さな務めをおろそかにしないことは、先祖に対する何よりの供養に違いありません。

 仏教では布施行が一番大事と教えています。「無財の七施」にあるように、やさしい声をかけたり、やさしいまなざしで相手を見たり、笑顔を届けることなども布施行です。そういう日々の小さな務めを、いつも真剣にさせて頂くことが先祖に対する何よりの供養になるとおっしゃっています。供養とは、お経をあげることだけでなく、我々が一日どのような心で生きていくか、どう周りの人の幸せのために生きられるか、そのことが供養であると会長先生は教えてくださっています。

 目の前の困っている人、世界じゅうで苦しむ人のために平和な世界を成就する――「先祖」に対する、これが最大の供養です。戦後七十年の今年は、そういう意味でも命と平和の尊さをかみしめ、一歩を踏みだしたいと思うのです。

 広島に来られたヨハネ・パウロ二世は「ヒロシマを考えることは 平和に対しての責任をとることです」と言われました。では、その責任をどう負うのか、私は被爆の実相、核兵器の恐ろしさを伝えていくことだと思います。被爆者の方々はあの惨状を本当は思い出したくない、そうした思いを超えて証言されるのはすごい勇気がいることであり、心から尊敬します。また、被爆者の思いや体験を伝える広島市の被爆伝承者50人の中に会員が4人います。全国の教会からの平和学習でボランティア活動をされている会員の皆さん、そういう一つひとつが、平和に対する責任を果たしている大変大事なことだと思います。そういうことが先祖に対する最大の供養なのです。

 お盆の月にあたり、お互い様、今日から改めて、心を込めてご先祖の供養をさせて頂きたいと思います。それは日頃の菩薩行、特に広島にあっては核戦争などを起こさせないという我々の決意や行動、これこそが最大の供養となります。そういう意味においての供養を、これからも力強くさせて頂きたいと思います。
 暑い夏が近づいてまいります。暑さに負けないで元気よく精進させていただきましょう。


朔日参り(会長法話) | 15:11:23 | コメント(1)

FC2Ad