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当ブログは、立正佼成会広島教会での活動の紹介と、その活動を通しての会員の喜びや気付きなどを紹介しています。
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運用担当者
広島教会
伝道メディア 藤川 裕子

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壮年部結集大会 開催
本日6月14日(日曜日)
壮年部結集大会が実施されました。

井上 佳亮さん、井上 恭男さんの親子説法の後、

「若者たちが自らの能力を引き出す時
-箱根駅伝出場までの5年間-」と題して
青山学院大学 陸上競技部 部長 内山義英氏
の講演が行われました。

uchiyama

親子説法では、
父親と息子の関係の難しさと、
親子の絆を感じることができました。

内山講師さんの話の中から、
選手の目標設定の仕方、
覚悟をもって決断することの大切さ、
大局的なものの見方の必要性について、
感じとることができました。

休みを返上して講演を聴きに来てよかったと思いました。

西広島支部 Y.H

総合 | 14:35:24 | コメント(0)
2015 青年の日 ぽっぽフェスタ 開催
2015年5月17日、日曜日、青年の日ぽっぽフェスタが開催されました。        IMG_1306_R.jpg
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メインテーマは「息吹~広島から飛ばそう平和の種」で、NPO法人テラルネッサンス理事 鬼丸昌也さんより「平和って何だろう?~今、私ができること~」と題して講演を頂き、アフリカの少年兵士の解放に取り組み、少年たちの自立(社会復帰)のために支援をされていることを聴かせていただきました。
ワークショップで今日参加した私たちひとりひとりが平和のために何ができるかを考え、平和へのメッセージを羽根の形のメッセージカードに書きました。         
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午後からは模擬店、バザーも開かれ、その収益は一食ユニセフ募金に献金されました。IMG_1328_R.jpgIMG_1334_R.jpg
                  




総合 | 10:35:37 | コメント(0)
『佼成』会長法話 平成27年6月号
会長法話『「南無」ということ』を拝読して

鈴木教会長ご講話の要旨
 我々は一日に何回「南無」と言っているでしょうか。「南無」とはどういう意味でしょうか?今月は「南無」ということをご指導下さっています。

【 「真実」に帰る 】
 「世間虚仮(せけんこけ)」私たちが生きている現実の世界は仮のもの。
「唯物是真(ゆいぶつぜしん)」ただ仏の世界だけが真実である。
これは聖徳太子のお言葉です。我々の命そのものは仏さまと同じ永遠なる存在と聞いてはいても、我々の関心事は家やお金や子供など世間のことですね。

「真実」に帰ることを本義とするのが宗教であり、信仰です。比較や別け隔てをしない世界。他を尊び、思いやる……それが人間の本当の姿であるとして、その本然に帰るのが宗教・信仰の本質であります。

開祖さまが「南無妙法蓮華経」について、ご著書『瀉瓶無遺(しゃびょうむい)』(99頁)に、次のように教えて下さっております。

お題目を唱えること、いわゆる唱題は、式典や法座の始まりと終わりの単なる合図ではありません。「南無」とは梵語の「ナモー」の音写で、「身も心も捧げます」ということです。ですから「南無妙法蓮華経」とは、法華経に身も心も捧げます、という真心の表白にほかなりません。
 お釈迦さまは法華経の中身として説かれていることを実践することによって仏となられましたが、私たちもまた、「法華経を心から信じ、行じます」という決意で唱題しなければならないのです。それでこそ、仏さまと私たちとがしっかりと結ばれるのです。
 お題目は単なる言葉ではなく、仏さまと私たちが一体になるために不可欠の「信」を、口をもって表現した根源的言語であると言われるのはそのためです。


開祖さまは、仏さまの手足となってすべての人の仏知見を開示悟入するのが、我々の役だと教えて下さっています。そういうことを信じて、行ずるという決意が「南無妙法蓮華経」であるということです。寿量品では仏の命は永遠であり我々の命も永遠である、仏さまはいつもここに住して法を説く、我々にとって必要な現象を、いつでもどこでも仏さまは出して下さる。我々を不幸にするためにいろいろな現象が出ているのではなくて、我々の人格の向上、最終的には仏になるという、その真実の道を歩ませるために、仏さまは現象を通して導いて下さっているのです。「南無妙法蓮華経」と唱えるのは、我々が法華経の教えを信じて、そのように行じていくという表白にほかならないのです。

開祖さまは、見事なまでに、素直に法華経を信じて、行じてこられ、そして、世界の人々をも救うという大導師としてご活躍されました。我々も弟子として、師匠に倣い、師匠に一歩でも近づくことが大事だと思います。
 そのためには、法華経を信じるということと、法華経を身をもって行じるということです。法華経には、永遠なるいのちが開示されているが、同時に根本義も全部法華経の中に書かれています。日常のことについては四諦・八正道・十二因縁、そういうものを応用して現実に人を救うということと、永遠なるいのちに目覚めていくというもう一つの願いがあるのです。「南無妙法蓮華経」をただ口に唱えるだけでなくて、唱えるたびに、その教えを思い返して、信じて行じていくということの大切さを、開祖さまはお示し下さっています。

【 「真実」にめざめるとき 】
 今月号で「南無妙法蓮華経」が取り上げられていますが、ある方が、これは会長先生が開祖さまのお心を伝えて下さっているのではないかと、指摘されました。、開祖さまが国連で演説されたのが6月だった、会長先生はそのことも踏まえられて、今月は“「南無」ということ”を説いて頂いたのではないかとおっしゃっていました。
 
真実の世界を自覚した私は、みんながめざめることを願い、仏の教えによってともどもに智慧を得つつ、多くの人が真実にめざめて幸せを味わっていただけるようにあゆみつづけます」

ここで、会長先生は、真実の世界を自覚した“私ども”とは書いておられません。“私は”とあります。これは今の会長先生のお心だと思います。我々、大乗仏教徒にとっては、自分の救われだけではなく、一人でも多くの人がめざめるようにと、ともどもに手をつないで歩むということだろうと思います。そして、それが信仰を持つ悦びであると教えて下さっています。

現実に悩み苦しむ人が、ここまで思えるようになるのは大変なことです。そのためには方便が必要です。悩み苦しむ人に寄り添い、共に涙を流しながら、徐々にひきあげていく、それが菩薩行です。
 仏さまの願い、法華経の願いということを我々一人ひとりが信じるとともに、一人でも多くの方が、その真実の世界にめざめていけるように、今月もお導き・お手取り・布施行などの菩薩行、基本的信行を、心を込めて実践させていただきたいと思います。
 ほんとうに暑くなってきました。皆さま、お身体ご自愛頂きながら、今月も喜び勇んで精進させて頂きたいと思います。どうぞ、よろしくお願いいたします。



朔日参り(会長法話) | 14:40:40 | コメント(0)

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