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当ブログは、立正佼成会広島教会での活動の紹介と、その活動を通しての会員の喜びや気付きなどを紹介しています。
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運用担当者
広島教会
伝道メディア 藤川 裕子

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平成27年1月 教会主要行事
  1日(木) 元旦参り
  4日(日) 開祖さまご命日
  7日(水) ご親教
 10日(土) 脇祖さまご命日
 11日(日) 成人式
 15日(木) 釈迦牟尼仏ご命日 布薩の日 
 16日(金) 阪神淡路大震災20年慰霊法要
 
       ※2日~6日  自由参拝

お知らせ | 13:22:38 | コメント(0)
大聖堂建立50周年ご命日団参(12月3~4日)に参加して
 平成26年12月3~4日、大聖堂建立50周年最後のご命日団参に広島教会から福場支部長さん引率のもと、子供2名を含む51名の方が参加されました。、
 12月1日に団参祈願供養が行われ、教会長さんより、次のような心構えをいただきました。「大聖堂ができて50年、今年は51年目の門出の年で、創立の原点にかえることが大事です。広島教会の一万世帯の会員さんの中で今年、団参に行ける方は延べ約六百人です。その中で、選ばれて今年最後の団参に行ける皆さんは幸せです。元気で団参に行けることは本当に有難いですね。座床でご本尊さまの前に額ずいて仏さまの目をよく見てきてください。仏さまのメッセージがきこえてくると思います。慈雲台めぐりをして、開祖記念館の特別展示室で体内経、仏頭の原型、。ご本尊の原画を拝んできてください。」

  おかげさまで、3日の朝、参加者全員、そろって出発することができました。、お天気も快晴だったので、新幹線の車窓から冠雪した富士山の雄姿を観ることができ、その美しさに一同感動し、写真をとったり、感嘆の声をあげていました。教会長さんから頂いた心構えをもって、感謝の心で二日間の団参にのぞませていただきました。参加者それぞれ心の宝をいただいて無事広島に帰ってくることができました。ありがとうございました。
 
ここで、 4人の方の感想を紹介させていただきます。

○今回の団参は、娘と二人で参加させて頂きました。二か月前から一緒に行こうと思っていました。元気で無事に行けたことに、とても感謝しています。三人の子供たちが、ご法の縁にふれ、前向きに取り組んでいる姿に親として、これ以上にない幸せを感じています。これからも良い見本になれるように、修行精進させて頂きます。( 高田支部 S.I )

○10年来の団参で、この度は お礼参りで参加させて頂きました。新幹線の車内ではSさん、Hさん達と一緒でなかなか楽しい道中でした。団参会館では壮年部の方々が三人、私を含めて四人が同室でした。班が違っているので話をする機会が少なくちょっと残念でした。四日の開祖さまご命日の式典で渡辺顧問さんが講話の中で分けてくださったご自身の体験が、私自身の体験と似ているところがあり、感動、感謝致しております。お礼参りにふさわしい団参になりました。ありがとうございました。 ( 中支部 壮年 M.T )

○大聖堂建立50周年最後の団参に参加させて頂き、ありがとうございました。支部4名の参加者がなかなかわたし決まらず、気持ちが落ち込み、あせりました。支部長さんのご指導により、私自身が建立50周年という節目の年の団参に対して感謝がなく、人数集めばかり目標にしていた心のずれに気づき、三部経読誦をさせて頂きました。そうすると、団参一週間前に三人の方が決まるというお手配を頂きました。開祖記念館、法輪閣で開祖さまが歩まれた道を心静かに拝見させて頂きました。いつも笑顔でおられる開祖さまに感激と感動で胸が一杯になり、少しでも開祖さまに近づけるよう、人様に優しく、温かく接していける私になることを決定させて頂きます。  ( 高陽支部 主任 Y.F )

○この度の開祖さまご命日団参に5歳と3歳息子と一緒に三人で参加させて頂きました。普段から「お母さん!」と呼ばれても「ちょっと待って!」と私自身の用事を済ませてから対応することが多かった私は、“まず人様の実践ができる私になりたい”と誓願を書かせて頂きました。団参中も、支部の方に手伝って頂きながら、できるだけ子供の声を聴くよう努めました。最後の交流法座の時に隣におられた方から、「子供の気がすむまで抱いてあげるといいですよ。」と、あらためて教えて頂き、以前、家庭教育で学ばせて頂いたことでしたが、“実践させていただこう、優しい母、妻になれるよう努力しよう”と思いになって帰らせて頂けた、とてもありがたい団参でした。また、今度は家族で行けたらいいなと思っています。ありがとうございました。  ( 安芸支部 婦人部  T.T )
大聖堂1 大聖堂への道中2
開祖様会館 参拝者ご挨拶4

 伝道メディア  Y.F

総合 | 10:30:34 | コメント(0)
『佼成』会長法話 平成26年12月号
会長法話『合掌の心』を拝読して

鈴木教会長ご講話の要旨

【謙虚に自己を見つめる】

師走を迎え、何かと忙しい中で自分の心を見つめる余裕が持ちにくい、そうした時だからこそ、会長先生は「一年を振り返りましょう」とおっしゃっています。今年自分はどういう生き方をしてきたのか。それぞれ、家庭や仕事、お役などで自己の全力を尽くしてきたのか、愛をもって人に接してきたのか、思いやりのある自分であったのだろうかと内省しようということです。

内省とは、辞書には自分の心の状態を省みてみようということです。一番大事なのは心ですね。皆さん、どうですか?愛と感謝に満ちた一年だったか、愚痴や不平不満の一年だったか、文句ばかり言っていたのか、まわりの人をいつもほめたたえていたか、そんなことを振り返ってみましょう。

 なぜ内省が大事なのでしょうか。13頁に「そうしたもろもろのことに目を向け、そこから精進の目標を見定め、晴れやかな気持ちで新たな年を迎えたいものです」とあります。会長先生はお優しい方ですので、会員さんが新年を晴れやかな気持ちで迎えられるように、そのためには自己点検も必要ということです。          自分はどんな人間なのか、自分の心のありようはどうなのか、欲が深いのか、布施の精神に富んでいるのか、そういうことを知ることによって、精進の目標が決まってくるのではないかと思います。
  経典の無量義経十功徳品に、ケチな人は布施を、冷たい人は慈悲の心を、怒りっぽい人は忍辱の心が大事とあります。自分がどういう気質を持っているのか、そういうことを見定めることによって、〈よし、来年はこういう所を克服して、こういう人間になるぞ〉と、それが精進の目標になると思います。 自分を知るという事は、なかなか難しいですね。我々の無意識の集合意識から立ち現われてくる心なので、自分ではコントロールはできないですね。

 皆さんは、年末の大掃除をされますか。我々が見ている世界は心のあらわれです。家の中がぐちゃぐちゃしているのは、心の中が整理整頓できていないんですね。善き神様に来て護ってもらうためにはきれいにすることです。ぜひ家の大掃除もして頂いて、同時に内省して、自分の心の中に積もったチリを掃除する。では、どうすれば掃除できるのでしょう。皆さんの心にはどれぐらいのチリやアクタがたまっているのでしょうか。
 人間の実相としたら、底が深くて見えないくらいです。過去世から何回も生まれ変わって見聞きしたものは全部、記憶として残っています。善いものも悪いものもいろんな思いが詰まっている、それをどうやって掃除していますか。
その心の大掃除の一番は、何といってもご供養です。心を込めて大きな声でご供養することです。そうすると、眼に見えない仏さまの光がやってきて、自分一人では、とても消えないような過去の業、カルマを消してもらえるのです。それだけでなく霊界で亡くなった方のゴミまでも掃除させて頂けるのです。
 皆さんの後ろにいる何万何十万というご先祖さまがたが、皆さんが菩薩行して功徳を積むこと、お経を唱え、心をきれいにしてくることをみな願って待っています。自分一人だけの行ではないのです。ご先祖様の代表が皆さんです。自分の気づけないチリアクタまで掃除するには、ご供養が一番だし、開祖さまは菩薩行、人の心配をすることによって、我が無くなる、本来自分の持っている本性、仏性が上に上がってきて、肉体に基づいたいろんな思いが消えて、晴れやかな気持ちで新年を迎えられるということです。

「右ほとけ 左はわれと 合わす手の なかぞゆかしき 南無の一声」 手を合わせるそのとき、私たちの心は神仏と一つになり、あらゆるもののおかげさまのなかで生かされている自分を知るというほどの意味でありましょう。

 我々は自分の力で努力して生きているのではなく、全部、仏さまから与えられて生かされているのです。あれがないこれがないと愚痴や不平を言うのは天にツバしているようなものです。全部、与えられている。皆さんそう思っていますか?

本会ではふだんから合掌してあいさつすることが自然と身についていますが、その姿勢と合掌礼拝の心は、謙虚に自己を見つめることに通じています。

 その自己とは、業としての自分だけではなくて、本来の仏としての自己、その尊厳性を見つめることでもあります。
 元々合掌することによって、「ああ、有り難いな。あなたも皆仏さま」と、その気持ちの延長線上に内省があるということですので、内省は自分を責めたり、自分を裁いたりすることではなくて、本来の命そのものの自己を見つめるということと、しかし、肉体を持っていると色んな思いになったり、肉体を守るために色んなことをする、だからその両方を見つめていくのが「合掌」であるということです。

中国の百丈懐海禅師(ひゃくじょうえかいぜんじ)が「この世で一番ありがたいことは何か」と尋ねられて「独坐大雄峰」(どくざだいゆうほう)と答えた話が残されています。

 会長先生は「独坐大雄峰」を「一番ありがたいのは、いま、ここに私が坐っていること、すなわち生きていることだ」と解釈されています。ここ、今、そのままが仏の世界です。我々は自我があり、自己中心で、妄想がいっぱい浮かび上がってきます。仏道修行すると色んな現象が出てくる、それは業を消してくれている姿です。
 会長先生のおっしゃる内省とは、単に自分の悪いところを責めるとかでなく、もっと命の本質という所までも見つめていこうということだと思います。

【人間に生まれたことを喜ぶ】

 常不軽菩薩の但行礼拝、「あなたも修行すれば仏になれます」と、ひたすら拝まれた菩薩さまです。佼成会の行法はこの常不軽菩薩に学ぼうということです。周りの人を皆、仏さまの現れと見れるでしょうか?私たちも仏さまの教えを繰り返し学んだ結果、必ず未来世のいつか仏になれるということを信じていますか?
 仏さまは、形なき大いなる命で、それは法則でもあります。だから、我々が法則に従って生きて、修行を始めて、信仰を持っていれば、必ず結果が出てきます。その積み重ねの中で、だんだん仏さまの教えが信じられるようになるのではないでしょうか。
 いつも仏さまとここにおられるという気持ち、これは最高の幸せではないでしょうか。同行二人というように、私一人ではなく仏さまと一緒に歩ませて頂いているんだということです。

 私たちにとっての大事な修行は、合掌の姿で相手を拝み、礼拝し、讃歎し、その人の仏性の花が開けるようなご縁になっていく、それが佼成会の会員の地上における今世の使命だということです。まずは形からですから、いつでも、どこでも合掌が出来るような我々でありたいですね。
 本当に相手の仏性を尊敬して拝まれたのは、開祖さまのお姿です。一足飛びに行かなくても、まず、形から、心を作っていくという意味で、「合掌」が大事です。合掌できると、安心して生きていけます。
 合掌の姿は、見るとほっとする、安心する力があります。お互い様、「合掌しながらすっきりとした気分で新年を迎えたいものです」という会長先生の親心です。
 今月は、「合掌の心」というテーマですから、合掌しながら自分自身を内省して、心の垢も取って、すっきりとした晴れやかな気持ちで、お互い様に新たな年を迎えたいと思います。今月も共々に修行精進させて頂きたいと思います。


朔日参り(会長法話) | 15:19:59 | コメント(0)

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