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当ブログは、立正佼成会広島教会での活動の紹介と、その活動を通しての会員の喜びや気付きなどを紹介しています。
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運用担当者
広島教会
伝道メディア 藤川 裕子

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平成25年度 広島教会 『成人式』
平成25年1月20日(日)、広島教会にて、平成25年度成人式がとり行われました。

広島支部・南支部・宇品支部・高陽支部・安芸支部から各1名と五日市支部 3名
総勢8名の新成人が参加されました。

H25成人式1 H25成人式2 

本年度成人式の「目的・狙い」は、

  ・ 『いのちの大貴に気づき 輝くいのちに感謝しましょう』
  ・ 『君はひとりじゃない』
  ・ 『こころが集う 光が集う たましいが集う 一つになってともに歩き始めよう』

です。

「親子メッセージ」により、親と子の絆が一層高まりこれからの人生に役立つ式典となりました。

H25成人式5 

式典の中で鈴木教会長さんより、

  ・ 『若い人の純粋な心にふれて感動しました。彼らはそれぞれ素晴らしいものを持っています。』
  ・ 『みんなで育てていこう!』

とのお言葉をいただきました。

仏様の前でこれからの決意・願い・誓いを心に刻み新成人として新たな第一歩を歩き始めました。

式典後祝賀会でのスナップです。みんなフレッシュで素敵な笑顔です。

H25成人式3 H25成人式4 


青年は、なにごとにもとらわれない考え・創造力を兼ね備えています。彼らの力を発揮していく為には「法を学び、法に沿った受け取り方」で考え・行動・精進して行くことで、自己を鍛え、困った方々を救うことができると思います。
教会・道場に気軽に集まり、本音で話し合える「なかま(サンガ)」をつくり、一丸となった青年部になることが私の願いであり、絶えずこのことを祈っています。

広島教会 青年育成担当  T.S.



投稿日 2013/01/31 教会行事 | リンク用URL


青年部全体 | 16:13:37 | コメント(1)
『佼成』会長法話(平成25年2月号)
会長法話 「生ずれば滅す」 を拝読して

鈴木教会長ご講話の要旨

 人間だけでなく、あらゆる存在は生まれて、必ず変化して、最終的に消滅していきます。
 すべての現象は「刹那滅(せつなめつ)」といって、刹那に生住異滅(しょうじゅういめつ)を繰り返しているというのです。生まれて、ある時間それが保たれて変化して、最終的にはなくなる。
 「刹那滅」とは「一弾指(いったんじ、いちだんし:指を一度はじく程度のわずかな時間)」のこと、(手を叩いて)これぐらいだそうです。すべての現象は生まれて、そのまま住して、変化しているのです。我々人間も生まれれば必ず死にます。「我々は死ぬということを前提にすると、どういう生きざまがそこから導き出されているか」ということがここに書かれていると思います。

《釈尊が味わわれた無常》

 会長先生は、涅槃会の意義として、“釈尊のお徳を讃えると同時に、生きるうえで大切なことをかみしめ直す日でもある” とおっしゃっています。我々は、お釈迦様のお徳をもう一度かみしめ直して、お徳を讃歎し、一歩でも近づけるようになろうということです。

 「生きるうえで大切なことは何か?」ということですね。
 「生(しょう)を明らめ死を明らむるは仏家(ぶっけ)一大事の因縁なり」という道元禅師のことばがありますが、それは、“生と死の真実を明らかに知るということです。”
 “生じたものは必ず滅すること、死はだれにも公平、平等に訪れることを胸に刻むのです。”
 死というものを見つめれば、今以上にもっと真剣に生きられるかもしれません。 

 皆さんはこの地上に何をしに生まれてきたのですか?

 今はいろいろな研究が進んで、臨死体験、退行催眠などによれば、どうも過去世、前世もあるようです。生まれてくるとき、我々は、この人生ではこういう人生を歩もうという大まかな計画をたてるようですね。それから、パートナーは何回も生まれ変わって赤い糸で結ばれていて、互いの心の磨きあいのために存在しているみたいですね。

 我々のいのちの本質はなくならないのです。ただ、今世のこの肉体をもって生きるということにおいては、死んだらそれでおしまいです。「どこまで我々が魂を向上させることができるか、どこまで自分の短所とかそういうものを直して、慈悲にあふれて、思いやりがあって、どんなことがあっても忍耐できるような、そういう徳分、心の器をどこまで大きくできるか」ということが、我々のこの地上に生まれた課題だそうでございます。

 会長先生は、“いま命あることの有り難さを知る、生きていることの有り難さに気づく” このことが大事だと、すなはち、感謝の心と一瞬一瞬に全力をあげて生きていくことが大事だと教えてくださっております。

 “生と死の真実を人生の一大事として受けとめていくことの大切さを、あらためてかみしめさせていただいた” ということです。

《人の心に輝きを放つ》            梅にうぐいす            

 “生死(しょうじ)は一如(いちにょ)、生と死は一つ” 別の言葉でいえば、我々の永遠の命への目覚め、姿は変わるけれど永遠に生き通し、ということです。

 会長先生は、一休禅師の歌「明日ありと思う心にほだされて 今日もむなしく日を送りけり」を引用されていますが、
多くの人は、「この歌は、ああ、俺のことだなあ」と思うのではないでしょうか。
 
 先日あるエッセーを読みました。ガン保険の日本の創業者の人は、朝起きたら「今日は人生の中で最も大事な日だ」と30回唱えるそうです。そのことを何十年も唱えていらっしゃるそうです。さすがに企業のトップの方はすさまじいものがありますね。 

 「今日はいい日だ。すばらしい日だ。すべてうまくいく。」 開祖さまも、そうおっしゃっています。眠りから覚める時とこれから眠る時は、我々の顕在意識と潜在意識がつながる時だそうですね。この時の一念は、みんな潜在意識にしみこんで響きわたるということです。朝の一念、寝る時の一念がものすごく大事だということです。自分自身の気に入った言葉を、ふとんの中で何回か勢いつけていう。そうでないと、「今日もむなしく日を送りけり」となります。
 
 凡夫は怠けるのは好きです。我々もお役があるので一生懸命精進していますが、何もなくなると、企業戦士の方が定年になった途端にぼけてしまうといいますように、家ではぬれ落ち葉や粗大ゴミと言われてしまいます。
 森信三さんは、「定年になったら、現役の三倍の緊張感をもって生きろ」と言っています。凡夫はどうしてもだらけてしまいがちです。我々も、明日死ぬかもしれないというぐらい追い込んで、真剣に一日一日を生かさせて頂きたいですね。

 “身近な人が亡くなることは大変悲しいものですが、それを悲しみきることは、そこから再び前を向く力がわいてくるという意味でとても重要です。”
 “同時に生と死を一つととらえると、亡き人の生きた証をかみしめて「私もあのように生きよう」と良い所を学び、讃歎することにつながります。”
 “私たちもまた、人の心に輝きを放つような人生を歩みたいと思うのです”

 我々が亡くなった時、「ようやく亡くなってくれたか、せいせいした。」と思われるのではなくて、会長先生がお母さまの死を悼んで悲しみきられたように、悲しみきってくれる人が何人いて下さるか。「私もあの人のように生きよう。」と心に決めてくれる人が何人いて下さるか。私たち自身も、人の心に輝きを発するような人生を歩みたいと思います。  

椿3  

 今年の広島教会の修行目標は、『めざそう、法による「明るく 優しく 温かい」自分づくり、サンガづくり』です。
 
 菩薩行は「上求菩提、下化衆生」ということです。「上求菩提」ですから、自らが法を学び、法のエッセンスをつかみ、身につけるという修行がなければ、とても人様をお救いできない。何によって自分づくりをするのか。開祖さまの御教えのように、「法華経によって人を救い、世を立て直す。」ということでございます。
 
 この前紹介した安岡正篤さんのことばに、「一佳書(良き書物)を心読し続けましょう」とあります。それで、教務員さんたちに「朝30分早く起きませんか」とお願いして、「毎日『法華経の新しい解釈』の心読を続けましょう」とお約束しました。
 一日30分読むと一か月で900分、一年間で180時間になります。毎日心読を続けて、私は『新釈法華三部経』全10巻を読みたいと思います。皆さんも明日から始めてみませんか。




朔日参り(会長法話) | 13:01:00 | コメント(0)
カフェオープンしました♪
1月14日、広島教会1階に青年部向けのカフェがオープンしました!
名前はCafe de couleures(カフェ デ クルール)。
クルールはフランス語でいろんな色という意味だそうです。
いろんな人が楽しく集える場所、安心・信頼の居場所になってほしいという願いを込めて名前をつけました。
婦人部の法座、支部のお当番の合間の休憩に・・・などなど、教会に来られた婦人部員さん方、
どんどん活用してほしいと思います(*^_^*)
まずはバリスタで淹れたおいしいコーヒーを飲みにきてくださいね♪

看板 室内

広島教会婦人部 Y.




青年部全体 | 14:05:31 | コメント(0)

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