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当ブログは、立正佼成会広島教会での活動の紹介と、その活動を通しての会員の喜びや気付きなどを紹介しています。
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運用担当者
広島教会
伝道メディア 藤川 裕子

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わたぼうしNo.20 (2017年8月)より
 安らかに眠って下さい
    過ちは 繰返しませぬから


広島での2年目の夏。平和への思いをより強くするヒロシマ・ナガサキ原爆の日を迎えます。今年も暑い日になりそうですね。あの日を忘れない。こころ一つに、かけがえのないいのち・平和の尊さを永遠に伝え続けていきたいと思います。
 そして、比叡山宗教サミットの30周年の年でもあります。
 国際平和年にイタリアの小さな宗教都市アッシジに当時の教皇パウロ2世聖下の呼びかけで世界中から諸宗教指導者が参集して「世界平和の祈り」が開催されました。討論もなく「祈り」に徹した諸宗教の集いとしては世界の宗教史上初めてとも言われていました。その席上、パウロ2世聖下は、「世界平和実現のためには…、宗教間相互の協力が必要」として伝教大師の「己を忘れて他を利するは、慈悲の極みなり(忘己利他)」の精神を語られました。
 そのお言葉に感動された当時の天台座主・山田恵諦猊下がその精神を受け継ごうと翌1987年から始まりました。
 諸宗教者が宗教の違い・教義を超え一堂に会し「祈る」という行動は、開祖さまが始められた世界宗教者平和会議の流れからの新たな潮流ともいえます。
 改めて、慰霊の誠を捧げ、世界の平和を祈念するときに当たり、一人ひとりの内に秘めた平和に向けての意識を結集したいと思います。
 「過ちを繰返さない」日本人であるためにも…。
                    合掌
                       教会長   齋藤高市


教会長メッセージ | 08:51:42 | コメント(0)
脇祖さまご命日式典のご案内
 明日、7月10日の脇祖さまご命日式典において、ご本部より、沼田雄司参務を広島教会にお迎えして、大法座のお手配を頂いております。
皆様、ご参集くださいますよう、お願い申し上げます。




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                            伝道メディア






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お知らせ | 14:29:30 | コメント(0)
雨にも負けず梅雨を快適に過ごす方法は
             kaeru 
 



梅雨になると、雨が降るのは当たり前だが、雨が降る事で、毎日の生活が面倒になってくる。気持ちも重たい。
雨が降る事によって生じる、日常生活の煩雑さが増えることや、温度湿度により、不快感が生じる。たとえばどこかに用事で出かけた時、急に雨が降ってきて、ずぶぬれになったら、一日中腹が立っておさまらないだろう。気持ちも気圧のせいか、一向に晴れない。梅雨の生活の仕方はむずかしい。湿度が高いのでカビは生えるし、昆虫は活動してきて、蚊もでてくる。草は生い茂り、刈るのが大変になる。自然は喜ぶが、人間社会の人工的なぶぶんでは、厄介な季節である。
不平不満を相当書いた。
【雨にも負けず】と思うのだが、凡人の私へこたれてしまいそうである。
宮澤賢治の詩を英訳と共に下記にのせておく。心が楽になる詩だ。宮澤賢治も人間、いろいろな心の移り変わりがあったのだろうが、彼は、具体的に一つ一つ自分の希望、目標を詩に託している。飾らない言葉がやさしくきこえる。


 

ロジャー・パルバース先生の「雨ニモマケズ 風ニモマケズ」英語訳

STRONG IN THE RAIN (By Kenji MIYAZAWA / Translated by Roger Pulvers)

Strong in the rain

Strong in the wind

Strong against the summer heat and snow

He is healthy and robust

Free of all desire

He never loses his generous spirit

Nor the quiet smile on his lips

He eats four go of unpolished rice

Miso and a few vegetables a day

He does not consider himself

In whatever occurs…his understanding

Comes from observation and experience

And he never loses sight of things

He lives in a little thatched-roof hut

In a field in the shadows of a pine tree grove

If there is a sick child in the east

He goes there to nurse the child

If there’s a tired mother in the west

He goes to her and carries her sheaves

If someone is near death in the south

He goes and says, ‘Don’t be afraid’

If there’s strife and lawsuits in the north

He demands that the people put an end to their pettiness

He weeps at the time of drought

He plods about at a loss during the cold summer

Everybody calls him ‘Blockhead’

No one sings his praises

Or takes him to heart

That is the sort of person

I want to be

雨にも負けず
風にも負けず
雪にも夏の暑さにも負けぬ
丈夫なからだをもち
慾はなく
決して怒らず
いつも静かに笑っている
一日に玄米四合と
味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを
自分を勘定に入れずに
よく見聞きし分かり
そして忘れず
野原の松の林の陰の
小さな萱ぶきの小屋にいて
東に病気の子供あれば
行って看病してやり
西に疲れた母あれば
行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば
行ってこわがらなくてもいいといい
北に喧嘩や訴訟があれば
つまらないからやめろといい
日照りの時は涙を流し
寒さの夏はおろおろ歩き
みんなにでくのぼーと呼ばれ
褒められもせず
苦にもされず
そういうものに

わたしはなりたい






hasu 






                                                                                                                                                                                五日市支部 Y.O





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伝道メディアより | 11:06:59 | コメント(0)
わたぼうしNo.19 (2017年6月号)より
まず人さま。思いやりの心で世界が変わる

 六月になり、一年の丁度折り返しの時を迎え、下半期に向けての決意を新たにする時でもあります。改めて、今年の年頭ご法話をかみしめさせて頂くと、人としてのいのちを授かったことへの感謝と尊いみ教えに出会えていることへの感謝ということでした。すべての事が、あること難し。内のが当たり前なのに、あらゆる恩恵、宇宙の一切合切のお陰さまを頂いているのです。何かの代償ではなく、ありのままのすがた(人間の実相)に感謝するのが本来の釈尊が教える感謝ということでした。感謝のできる人間になることが究極の私たちの目標であるとも教えて頂きました。
 日々精一杯生きる。自他共に尊重し、調和して生きる。親孝行・先祖供養の実践。そして、仏法と出会えた悦びを一人でも多くの人に伝える。これらの実践が、日常生活で感謝を表現することであるとお示し頂きました。後半戦への第一歩は、観音さまの様な、慈悲の心・人に対する思いやりの心で、他の人の幸せを喜べる私作りを目指したいと思います。
                                                       合掌
                                             教会長  齋藤高市


教会長メッセージ | 12:00:00 | コメント(0)
『佼成』会長法話  平成29年6月号
会長法話 愚痴をいわないを拝読して      ( 6月1日 )

齋藤教会長ご講話の要旨

【 「知っている」という思いこみ 】

  「愚痴」という二文字はどちらも「おろか」という意味がある。知が病気になっていることによる「おろかさ」(自分の知っていることがすべてと思いこみ、全体がよくわかっていない「おろかさ」)と、まわりくどく、心のはたらきの鈍い「おろかさ」を示している。また、愚痴には「いっても仕方がないことをいって嘆くこと」という意味がある。
いってもムダと知りつつも不平不満をいい、ときには思いどおりにならないことを人のせいにしてまで愚痴をこぼす私たち。なぜそこから抜けだせないのかといえば、自分の知っていること、思っていること、考えていることが「絶対に間違いない」という錯覚にとらわれているから。まさに、「私は知っている」という病気にかかっている。
自分の価値観に相手を合わさせようとしたり、自分が絶対だという思いこみから愚痴になる。その無明の私に気づいていくことが大事。

【 道理がわかれば 】

 「私が正しい」「私は知っている」という自己中心を反省することができれば、不満や文句が少なくなり、「仏の説法」と受けとれる智慧の心がはたらく。
 そういう心のはたらきを自分のものにする方法は、「真実の道理」を知ること。この世のあらゆるものが、一つにつながるご縁によって生かされているという事実。その恩恵を受けて、いま自分がここに存在するという有り難さ。このことが明らかになり、感謝できると、愚痴は出てこない。天地自然の道理がわかれば愚痴はいえなくなるということ。
 宇宙の一切合切のお陰さまで生かされているということを謙虚に受けとめ、いのちの実相(ありのままのすがた)に感謝をするのが「有り難し」ということ。
 愚痴が出そうになったときでも、観音さまのような慈悲の心・人に対する思いやりの心が、自分勝手な行動を押しとどめてくれる。本来自分の中にある慈悲の心・思いやりの心に気づき、その心をたくさん育てていくことが大切。そして、その心で人にふれていくという実践行をさせて頂く。
 それでも愚痴をこぼしそうになったら、「智慧がはたらくチャンスだ」と気持ちを明るく切り替え、読経供養をとおして心を見つめなおして、真理にそったものの見方・受けとめ方に立ちもどればよい。愚痴の予防薬として、智慧を身につけ、真理を認識できる自分になっていくためには読経供養等の基本信行が大切。
下半期スタートの6月。尊いいのちを頂いたこと、み教えに出遭えたことへの感謝を表していく。80周年に向けて、開祖さまのお心を次の世代へ伝えていくことを決定していく大事な時。皆さまと共に修行精進させて頂きたい。

齋藤教会長のご講話を聴かせて頂いて

 自己中心の心が湧いたら、「腹が立ったらお経を読もう」という日めくりのことばを思い出し、朝夕のご供養を大切に、思いやりの心で人とふれあえるよう、努力させて頂きます。
                             合掌
                                           文責 Ma




朔日参り(会長法話) | 10:30:00 | コメント(0)
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